島香房の「商品開発」の考え方⑤ — 蒸留について

蒸留とは香りを取り出す技術である前に、誰かの暮らしに価値を届けるための手段。島香房が大切にする「接点 → 訴求 → デザイン → 製品 → 技術」の順番から、小さな蒸留所の蒸留と商品開発について考えます。

蒸留とは香りを取り出す技術ではなく、暮らしの時間を香りに移す営みなのかもしれません

精油抽出というと、まず技術の話になりがちです。

圧搾か、水蒸気蒸留か。

常圧か、減圧か。

材質はステンレスか、銅か、ガラスか。

もちろん、それらは大切です。

けれど島香房では、蒸留を考えるとき、少し違う順番で考えています。

なぜなら、私たちにとって蒸留は単なる抽出技術ではなく、商品開発の一部だからです。

前回の「商品開発の前に整理する自分のポジショニング」では、

商売志向 ⇄ 趣味・ライフワーク志向

という視点について書きました。

今回は、その続きです。

島香房では商売としての蒸留、いわゆる商業蒸留を続けながら、実際に使ってくださる方々の声と向き合ってきました。

その中で改めて感じるのは、

「どんな蒸留器を使うか」

よりも先に、

「誰のどんな時間に寄り添いたいのか」

を考えることの大切さです。

そして、この考え方は島香房が大切にしている

接点 → 訴求 → デザイン → 製品 → 技術

という商品開発の順番にもつながっています。

蒸留の前にあるのは、使い手の暮らしと気持ち

蒸留を始める理由は人それぞれです。

地域資源を活用したい。

柑橘やハーブ、林産物を無駄なく使いたい。

精油を作ってみたい。

どれも素晴らしい動機だと思います。

けれど長く続けていく中で大切になるのは、

その香りを誰が使うのか。

どんな時に使うのか。

という視点です。

島香房では近年、お客様からいただく声を整理している中で、ある共通点に気づきました。

「疲れた後や一日の終わりの仕上げに使っています」

「夜、ぼーっとする時間に使っています」

「お風呂上がりに香りを楽しんでいます」

「深呼吸したくなります」

「気持ちが落ち着きます」

気づけば、多くのお客様が夜に使われていたのです。

柑橘というと、

元気

爽やか

リフレッシュ

というイメージが一般的です。

けれど島香房のお客様は、朝よりも夜に価値を感じていました。

私たちの香りは、

「元気になる香り」

というより、

「気持ちをOFFへ切り替える香り」

として使われていたのです。

前回の記事で書いた「夜OFF」というテーマも、まさにここから見えてきたものでした。

圧搾・減圧・常圧の前に考えたいこと

柑橘の香りを取り出す方法はいくつかあります。

例えば、

圧搾法は、果皮を物理的に搾って香りを取り出す方法です。

柑橘精油では最も一般的な方法のひとつで、果実そのものを思わせるフレッシュさが特徴とされています。

一方、

水蒸気蒸留法は、蒸気によって香り成分を取り出す方法です。

さらに蒸留法の中にも、

常圧蒸留と減圧蒸留があります。

減圧蒸留は圧力を下げることで比較的低い温度で蒸留できるため、軽やかで繊細な香りと表現されることがあります。

常圧蒸留は昔から広く行われてきた方法で、深みや丸みを感じる香りと表現されることがあります。

また蒸留器の素材にも、

ステンレス

ガラス

などがあり、それぞれ香りの印象が異なると言われています。

一般的には、

  • ステンレスはクリアでクセが少ない
  • 銅は奥行きやまろやかさを感じやすい
  • ガラスは素材本来の繊細さを捉えやすい

と表現されることがあります。

もちろん実際には原料や設備条件によって変わりますし、一概に言い切れるものではありません。

技術的な詳しい話は、他にも優れた資料や専門家の発信がありますので、今回はあえて深入りしません。

ここで考えたいのは、

どの方法が優れているかではなく、

その香りを誰が、どんな時に求めるのか

ということです。

「濃い香り」が必ずしも良い香りではない

蒸留の話になると、

「圧搾の方が香りが濃い」

「減圧蒸留の方が香り成分を残しやすい」

「常圧蒸留は熱で香りが飛ぶ」

といった話を耳にすることがあります。

たしかに、そのような見方もあります。

けれど、

だからといって

濃い香り=良い香り

薄い香り=悪い香り

という話にはなりません。

なぜなら、

香りの価値は強さではなく、

使われる場面によって決まるからです。

例えば、

朝の目覚めに気持ちを切り替えたい人。

仕事前にシャキッとしたい人。

そんな方には、存在感のある香りが好まれるかもしれません。

一方で、

お風呂上がりにぼんやり過ごしたい人。

寝る前に気持ちを静めたい人。

そんな方は、強く主張する香りよりも、気づけば深呼吸しているような香りを求めるかもしれません。

どちらが優れているという話ではありません。

求めている時間が違うのです。

もし香りの強さだけで価値が決まるなら、

世の中の音楽はすべて大音量でなければならなくなります。

けれど実際には、

ライブ会場で聴きたい音楽もあれば、

夜に静かに流したい音楽もあります。

香りもそれに似ているように思います。

だから、

圧搾が優れている。

減圧蒸留が優れている。

常圧蒸留が劣っている。

そんな単純な話にはならないのです。

大切なのは、

その香りが誰のどんな時間に寄り添うのか。

島香房では、その問いを先に考えたいと思っています。

なぜ銅製蒸留器の香りは夜OFFと相性が良かったのか

島香房では、銅製蒸留器による常圧蒸留を続けています。

ここで誤解してほしくないのですが、

「銅製だから優れている」

と言いたいわけではありません。

実際には、

圧搾にも良さがあります。

減圧蒸留にも良さがあります。

常圧蒸留にも良さがあります。

材質も同じです。

ステンレスにも、銅にも、ガラスにも、それぞれの魅力があります。

どれが優れているかという話ではありません。

ただ、島香房のお客様から届く声を振り返ると、ある傾向が見えてきます。

「やさしい香りですね」

「おだやかな感じがします」

「パンチがあるけどやわらかい」

「深呼吸したくなります」

「懐かしい感じがします」

「夜に使いたくなります」

こうした言葉です。

一般的に柑橘の香りというと、

元気

爽やか

フレッシュ

明るい

といったイメージで語られることが少なくありません。

もちろん、それも柑橘の大切な魅力です。

けれど島香房のお客様からは、それと同じくらい、

落ち着く

ゆるむ

やすらぐ

ぼーっとできる

といった声が届きます。

これは私自身の推測になりますが、

銅製による常圧蒸留の香りには、

単なるフレッシュさだけではない、

少し丸みを帯びたような香り、

時間をかけてなじんだような香り、

どこか懐かしさを感じる香りがあるのかもしれません。

島香房の蒸留では、

蒸気がゆっくり巡り、

時間をかけて香りが立ち上がります。

私たち自身も、

フレッシュさだけを追いかけているわけではありません。

むしろ、

深く息を吸いたくなること。

もう少しその香りの中にいたくなること。

そんな感覚を大切にしています。

だからお客様は、

「元気になる香り」

よりも、

「深呼吸したくなる香り」

と表現してくださるのかもしれません。

もちろん、これは分析結果から出てきた結論ではありません。

蒸留器の性能表にも書いてありません。

お客様の声を集めていく中で見えてきた、一つの仮説です。

そして島香房にとっては、この仮説こそが大切です。

なぜなら、香りの価値は蒸留所の中で決まるものではなく、使われる暮らしの中で決まるからです。

新しい蒸留方法を導入すれば価値は広がるのか

ここまで読むと、

「じゃあ圧搾法も導入した方がいいのでは?」

「せっかく柑橘から育ててるんだから、フレッシュさも出した方がいいんじゃないか?」

と思われるかもしれません。

例えば、

「男性の朝の目覚めに使う、シャキッとした柑橘の香り」

という価値を提案したいなら、

圧搾法によるフレッシュな香りの方が適しているかもしれません。

実際に、そのような市場は存在すると思います。

しかし、ここで大切なのは、

「その香りが作れるか」

ではなく、

「私たちは誰に貢献したいのか」

という視点です。

島香房が今向き合っているお客様は、

お風呂上がりに使いたい人、

一日の終わりに深呼吸したい人、

足浴やスキンケアの時間を大切にしたい人、

つまり、

「夜OFF」の時間を求めている方々です。

もし仮に、

男性向けの朝用商品を開発するなら、

それは単なる商品追加ではありません。

新しいお客様との接点を作り、

新しい価値を伝え、

新しい市場に向き合うことになります。

もちろん将来的には、そのような展開もあるかもしれません。

けれど今の段階では、

まだ十分に理解しきれていない市場へ大きく広げるよりも、

今のお客様をより深く理解し、

今のお客様の満足度を高め、

同じ価値観を持つ新しい方々に出会う方が自然だと考えています。

また、小規模事業者が新しい市場にアプローチしたり、複数市場を抱え込むのは、

それなりに達成すべき事業フェーズに入ってからで十分、と考えています。

まずは、「目の前のお客様にどう満足していただくか」ということ。

これについては、長くなるので、また別テーマでお話します。

なので、蒸留方法を変えたり新設することよりも、

まず誰に寄り添いたいのかを明確にすること。

それが島香房の商品開発の考え方です。

実は、夜OFFのお客様は後から見えてきた

ここで一つ、正直な話をしたいと思います。

ここまで読むと、

島香房は最初から夜OFF市場を狙っていたように見えるかもしれません。

でも実際は違います。

最初から見えていたわけではありません。

銅製蒸留器を選んだ時も、

商品を作り始めた時も、

夜OFFという言葉はありませんでした。

私たちも分かっていなかったのです。

では誰が教えてくれたのか。

お客様です。

「疲れた後や一日の終わりに」

「夜ぼーっとする時間に」

「深呼吸したくなる」

「お風呂上がりに」

最初は別々の感想だと思っていました。

でも何年も声を集めているうちに、

全部が同じ方向を向いていることに気づきました。

みなさん、

ONからOFFへ切り替える時間に使っていたのです。

メーカーよりお客様の方が知っている

ここが今回の一番大事な話です。

私たちは蒸留をしています。

でも香りを使っているのはお客様です。

私たちは蒸留器の前にいます。

お客様は暮らしの中にいます。

だから実は、

香りが本当に役立つ場面を知っているのは、

私たちではなくお客様なのです。

しかも、お客様はそれを既に言語化しています。

「落ち着く」

「夜に使う」

「深呼吸したくなる」

「終わりの仕上げ」

「懐かしい」

メーカーが価値を説明する前に、

お客様は価値を見つけている。

そして時には、

私たちより先を歩いています。

だから接点と訴求が大事になる

結局、

蒸留器を見るだけでは足りません。

技術を見るだけでも足りません。

本当に見るべきなのは、

お客様の言葉です。

お客様がどんな時に使っているのか。

なぜ使っているのか。

どんな気持ちになっているのか。

そこに次の商品開発のヒントがあります。

だから島香房では、

接点 → 訴求 → デザイン → 製品 → 技術

という順番を大切にしています。

技術から始めるのではなく、

人から始める。

蒸留器から始めるのではなく、

暮らしから始める。

その結果として、

蒸留方法や商品が決まっていくのです。

蒸留とは、暮らしの時間を香りに移す営み

島香房にとって蒸留とは、

単に精油を抽出する技術ではありません。

香りを取り出す作業でもありません。

誰かの暮らしの中にある時間を、

香りという形に移していく営みです。

お風呂上がり。

足浴の時間。

夜ぼーっとする時間。

今日を終える時間。

そうした時間に寄り添うために、

私たちは蒸留をしています。

そして今振り返ると、

島香房の精油も、

フローラルウォーターも、

柑橘コスメも、

結果として「夜OFF」という価値に支えられてきました。

それは私たちが最初から考えていた答えではありません。

お客様が教えてくださった答えです。

だからこれからも、

蒸留器だけを見るだけではなく、

お客様の暮らしを見る。

技術だけを見るのではなく、

お客様の言葉を聞く。

そんな姿勢を大切にしながら、

島の香りを届けていきたいと思っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です